FARGO

シーズン1をアマプラで視聴。

ノンフィクション(と謳っているが、シリーズ化されているし、真偽不明)

殺し屋以外を全員ヘタレにすることで殺し屋の異様さを際立たせている。

ネタバレになるが、もしこれが本当にノンフィクションだったとしたら、

この物語を語ったのは、副所長の父親か夫かその娘。理由は2つ。

1つ目は、少なすぎるヒントで『真相』に辿り付くのは行き過ぎ。時間の都合でカットしただけかも知れないが、強引さが目立つ。

2つ目は、容疑者の段階なのに、一般人が容疑者を射殺して表彰のハッピーエンドというのは無理がある。不都合な何かを捻じ曲げた結果、最後に無理が生じてしまったように思える。

 

一連の事件の『真相』としているものは副所長の推理に基づいた『辻褄の合う絵図』であって、この脚本を書いた人(?)はそれを疑っているように思える。

起きた事件が事実ということを前提として、どの事件が誰の犯行によるものなのか、事実とは違う可能性もある、とみているのでは?

 

これも一種の叙述トリックと言える。

ドラマは『真相』として語られるが「信頼のできない語り手」であり、被疑者は死亡していて、残された物証や生存者の証言だけが頼りになっているため、ドラマを観た人が自由に考えるべきだ、という余地を残している。

 

ストーリーだけを追うと「ふーん」で終わってしまう。

でも、大掛かりな、ドラマ全体が叙述トリックだとすると、制作陣は大変な挑戦をした作品に思う。