仕事が終わって、スマッシング・パンプキンズを爆音で聞きながら、ハイボールを呑んでいる。
あれこれとやりたいことがあったけれど、今日は何もしないことにした。
仕事が終わって、スマッシング・パンプキンズを爆音で聞きながら、ハイボールを呑んでいる。
あれこれとやりたいことがあったけれど、今日は何もしないことにした。
Google AI Pro plan に加入して、Antigravity でゲーム開発をしてみた。
目的は「AIにどこまで任せられるか」の実験。
約1週間(2時間/日)で 2D RPG サンプルが制作できた。もしすべて自力だったならば、4~6か月くらいかかる物量であり、AIエージェント開発が革新的な技術であることは疑いようがない。
しかし、現時点でAIにコーディングを完全に任せるのはリスクが高すぎる、という結論に至った。
AIエージェントを使用した開発は経験あり。ゲーム開発経験なし。Godot エンジン経験なし。C#は経験あり。
ドキュメントは体系的に管理して詳細にレビューし、コーディングはほぼAIに任せる方針とした。コーディング標準、レビュー方針は、特に注意して整備し、AIのルールは開発中に何度も見直した。
ある程度プロジェクトが大きくなってきた頃からバグが頻発しはじめ、その原因の調査と対応にトークンと時間が奪われはじめた。
いったん新機能の開発を中断し、その時点のコードをレビューした。
正直、酷かった。
階層構造・アーキテクチャが守られていない。複雑な依存関係。拡張性がない場当たりなコーディング。
クラス図を出力させてみたら、めまいがした。二十年以上、いろいろな開発現場で、酷いコードは見てきたから見慣れてはいるものの、気分が良いものではない。
「不吉なコードのにおい」くらいはかぎ分けて、対処できるようになっていると思っていた。それが期待する成果のひとつでもあったから、残念な結果だった。
その後の3日間、コードレベルのリファクタリングに腐心した。
大まかに階層構造・責務の整理し、State / Strategy / Command / Adapter といった基本的なパターンを導入し、最後に詳細な仕上げ。
当然、この規模のリファクタリングも人力なら1か月くらいかかりそうな物量ではあったから、AIを利用した開発は優れてはいる。
今回は、要件定義~技術的なドキュメンテーションに至るまで、自分ひとりで実験をした上で、この結果だった。
もしこれがチーム開発の現場だったと考えると、ぞっとする。
あらゆる現場で最も苦労するのは、スキルが及第点に達しない人を含めて、どのようにチーム全体で結果を出すかだ。
仕事であれば、投げ出すわけにはいかない。仕事は仕事だと割り切ってチームを育成しながら結果を出すしかない。
だから、中堅以上のスキルを持ったAIエージェントが、自分の指示通りに仕事をしてくれるのは本当に助かる。
「AIを使うこと」や「AIに指示を出すこと」ができない人は多い。というか、それができる人のほうが圧倒的に少ない。
ちょっと調べれば解決できることでさえも、誰かに頼らなければ解決できなくて、誰かの時間を食い潰してしまうような人は、どこにでもいる。その原因は、単にスキル不足に起因することが多い。
何を調べたらいいのかわからない人。調べたとしても、知識がなくて理解ができない人。理解をしたつもりでも、何が正解で、何が不正解なのか、判断ができない人。どの順番で解決したらいいのか考えない人。おおよその時間を計算できない人。具体例は挙げればキリがないが、総じて「スキル不足」だと思っている。
AIエージェントは強力なツールではある。だからこそ、スキル不足の人が、強力なツールに触れて得られる成果は、悲惨なものになると確信できる。
バイブコーディングやらループエンジニアリングを騙って、無邪気に実践している人たちが、もし本当にコードを一行も読んでいないのならば、近いうちに莫大なリソースを食いつぶす存在になる。
AIサービスを提供する会社にとっては、最高の顧客かもしれない。
しかし、未熟なコードが量産され続ければ、やがて開発現場では首が回らなくなる。人間だろうがAIだろうが、開発コストが増えれば、プロジェクトは立ち行かなくなる。
近い将来、多大な負債を抱えて絶望するフェーズに入ることになるのは想像に難くない。
高価な最新モデルを無制限に使えるのなら、最悪な未来を、ある程度は回避できるのかも知れない。そんな環境を提供してくれる開発現場は稀だが。
現時点でも、人間の知識・スキルという裏付けがない状態では、AIエージェントによる開発は成立しえない。その事実は、もうしばらく変わりそうにない。
それはそうとして、Google AI Pro plan の契約期間中は、もうちょっといろいろと遊んでみることにする。
プロジェクト・ヘイル・メアリーがついに映画化された。
何かを得られる作品というわけではないが、娯楽として、純粋に楽しめる作品だった。途中で何度も笑いそうになった。
原作が好きな人でも楽しめるような構成だったし、ハリウッド映画らしさのあるアクション演出があるから、SF好きじゃなくてもおそらく楽しめる。
とても速いテンポで物語が進行する。そうでもしないと一本の映画に収まらない。
それでも2時間半くらいの長尺映画で、途中からトイレを我慢していた。途中、4DXの揺れが激しすぎて、映画どころじゃなかった。今後はもう4DXはやめようと思う。
映画館で映画をみたのは何年振りだろうと思って調べてみたら、2016年末の「メッセージ」が最後だった。あのときは「聲の形」にしようかどうか迷って、何故か「メッセージ」を選んだことを覚えている。特に語りたくなるような映画ではなかったけれど、どうやら世間の評価は高いらしい。
(「ミスト」も世間では高評価みたいだから、相変わらず、自分の感性がズレているだけかもしれない。若い頃はそのことに悩み続けていたけれど、年を取るにつれて気にならなくなってしまった。)
プロジェクト・ヘイル・メアリーの原作を読んだのは2023年4月。このときには映画化が決定していたと思う。
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」 - a rabbit syndrome
ちょうど生活環境を変えようと考えていた時期。どういうわけか、電車の中で読んでいる記憶がある。ほぼ自宅で仕事をしていて、ほとんど外出していなかったはずなのに。そのあたりの記憶は曖昧だ。
今年の衆院予算委はほぼすべて視聴した。その中でも、公聴会では、高橋洋一先生からいくつもの興味深い指摘が為された。公聴会のノーカットは約3時間に及ぶ動画だが、Youtubeは倍速+字幕で動画が視聴できるから本当に便利。
公聴会で高橋洋一先生が語った内容は、本人のチャンネルでも解説されているが、静岡朝日テレビでの解説では、とてもわかりやすくまとめられている。
静岡朝日テレビ(2026年3月13日放送)
もし今後、これらの指摘についての論理的な反論が出てくれば、それについても調べたい。
根拠のある数字に基づいて、わかりやすく、納得できる説明がされている。高橋洋一先生からの指摘は、「社会的割引率の4%固定によって公的資本形成が阻害され、GDP成長が鈍化」「円安は国益に資する」の2点。
これらの指摘に対する自分の認識を整理する。
公共インフラへの投資と経済成長の関係性は深い。
かつて田中角栄はインフラを強化することで日本を世界最大の経済大国へと押し上げる構想を掲げた。これについては賛否両論ある。日本が持つ強靭な公共インフラは、間違いなく高度経済成長の起爆剤となった。
バブル崩壊後、官民ともに公的資本(公共インフラ)への投資を目の敵にして、極端に締め付けてきた。公共インフラが目に見えるほどに劣化していることから明白だ。
バブルの影響によって、国も産業も財政難に陥り、立ち直るまでに一定の時間を要したことは疑う余地がない。しかし、バブルの傷が癒えた後も日本の経済成長は低迷し続けた。ついに名目GDPが世界4位まで下落した。5位になる日も近い。
これはもちろん、国に責任がある。ただし、産業界にも大きな責任があることは忘れてはならない。産業界は、国だけに責任を押し付けてガス抜きをしているが、それに躍らされている人が驚くほど多い。
この30年余り、日本経済はたびたび復調の兆しを見せては、その都度、芽が摘まれてきた。特に影響が大きかったのは、1999年〜2025年の自公連立政権の長期的な緊縮指向、2007年〜2010年のリーマンショック、2009年〜2012年の民主党政権「コンクリートから人へ」政策、2011年の東日本大震災だった。
自公連立の長期的な緊縮指向については後述する。
2009年度の民主党政権における「コンクリートから人へ」政策の時代に、大量の公共インフラの工事を停止したことは致命的だった。全国の中小の建設業が一網打尽の被害を受けた。結果、体力のある大手ゼネコンとその下請けに完全に集約されることになった。建築業の価格高騰は今後も是正される余地がない。
どの産業でも同じだが、過度な規制は、サプライチェーン全体が縮小する。そして、産業は一度でも縮小してしまうと回復までに時間がかかる。回復できないことさえある。
その延長線上に現在がある。
公聴会では、1999年〜2025年まで続いた自公連立政権下における「過度な緊縮指向」の正体のひとつが「社会的割引率の4%固定」であると指摘されている。
公共事業の起案には、その事業が社会に与える効果(人口・経済データのメッシュ分析)を算出する。「社会的割引率」を超える効果が見込めない公共事業は起案できない。その考え自体は正しい。
しかし、社会的割引率がバブル期から4%に固定して運用してきたため、公的資本の形成を阻害している。インフラは経済の動脈だ。バブル後の日本経済成長の足枷であり、成長低迷と見事にリンクする。
社会的割引率は、国運営に関する「社内金利」に相当するものと理解するとわかりやすい。社内金利が高ければ、新しい事業・プロジェクトは起こらないから、既存事業にしがみつくしかない。その事業の競争力・優位性が失われたり、もしくは、陳腐化してしまったら、その会社の経営が苦しくなる。それが日本という国の単位で起きている。単純かつ明快な話だ。
ちなみに、メッシュ分析によって公共投資が停滞している話は、国交省の友人からも聞いたことがある。内部でも問題視している人がいる。
「社会的割引率」を国債金利と連動する等の改定すれば、公共インフラは次第に回復し、経済も健全に成長する。
しかし、事はそう単純ではない。前述の通り、日本の建築業界は壊滅的なダメージを受けたことにより、衰退・集約化してしまった。さらに、重すぎる「社会割引率」の設定があるにも関わらず、経済の成長圧力が強く、物価と実質賃金が上昇基調にある。
このくびきを外すだけでは解決しない。建築業界が単純に人的リソースに頼ろうとしても思うようには成長しない。建築業界がロボティクス等への投資を加速しなければ、成長に繋がらない。
投資を加速するために設備の即時償却が導入されるが、これだけでは「労働力」の不足は補えない。その観点から、裁量労働制の上限撤廃の検討が開始されたが、実現には至らない可能性がある。そもそも建築業界と裁量労働は相性が悪く、解決手段になりえない。だからといって安易な移民政策は進めるべきではない。労働力の不足が当面の最大の課題になると考える。
公聴会での質疑
Q. 円安は国益に反するか?
A. 円安になればGDPが成長する。
「近隣窮乏化」で説明ができる。これは疑う余地がまったくない。
為替と税収には大きな相関性がある。特に2009年後半〜2013年前半の過度な円高時では、恐ろしいほどに税収が低下した。つまり、日本全体の経済が凍りついていたことを意味する。グラフを見れば一目瞭然だ。
円安については、たびたびアメリカ政府やEUからクレームが入っていたことを覚えている。その真意は「輸出への影響」にあると理解していたが、それは直接的な影響のひとつであり、根本は「成長鈍化を取引先に押し付ける圧力が働く」というロジックにあると納得ができた。
しかし、GDPが成長する = 国民生活が楽になるという意味ではない。国が対応を間違えなければ、国民生活に還元できる。逆に言えば、GDP成長が国民に還元されなければ、それは内閣・国会の怠慢であり、国民の不満がピークに達するという地雷でもある。
今回、調べていて気になったのは、日本において主流となっている経済学の理論と、海外(特にアメリカ)で評価されている経済学の理論には、大きな隔たりがあるようだ。
経済学は門外漢だが、海外で評価されている経済理論に対して、日本の主流派は「お前のその理論は間違えている」という結論ありきで否定しているようにしか見えない。経済紙の論調は、特にこの傾向が目立つ。
自分のような情報技術の世界の人間にとって、技術とイデオロギーの境界線は曖昧だ。AIがどれだけ進化しようが、それが軍事技術に応用されようが、どこか好奇心が勝ってしまう。
どうやら経済学はそうではないらしい。経済学は、純粋な学問というよりも、政治的なイデオロギーが先に立つ世界で、とても面倒くさそう。
情報技術も経済学も、理論のモデルを実装して理論の正しさを測って証明する。そして、そのモデルの課題を考察して、新たな解決手段が生まれる。これは科学だろうが医学だろうが、基本的に同じはず。
経済学では、社会実装という、えげつない「実験」をしてきた歴史がある。特にマクロ経済では、大規模な実験になってしまう。その「手段」としてイデオロギーが用いられてきた。これが歪に変容していった末路が、現在の政界やメディア業界を取り巻く病のように思える。
そう遠くない未来には、多様なAIをノードとした大規模なシミュレーションが実装されて、いくつかの経済学に一定の結論が出るのだろう。そのときに、特異なイデオロギーが完全に否定される結果になったら、果たして、受け入れることができるのだろうか。
いずれにせよ、日本経済は、ようやく転換点に立っている。しばらくは動向を見逃せない。
日テレ 公聴会 ノーカット(2026年3月10日)
高橋洋一先生による公聴会の解説(2026年3月10日)
高橋洋一先生による近隣窮乏化の解説(2024年6月25日)